「自己満足」という言葉には、どこかマイナスなイメージがあるかもしれません。 鬱を繰り返し、自分と向き合う中で、心の健康には“自分の心を満たすこと”が大切なのではないかと感じるようになりました。 そんな気づきを、今の言葉でまとめました。
鬱は、突然やってくるものではなく、 心の水槽の環境が限界を迎えた結果だと感じています。 そこから、どう向き合い、どう整えていくのか。 現時点で辿り着いた考えを書きました。
心の水槽の環境が悪化していく中で、 鬱になっていく人と、 正義を押しつけてしまう人がいるように感じました。 その分岐点について、考えてみました。
鬱と向き合う中で、 わたしなりに見えてきた「心の仕組み」があります。 それを、分かりやすくするために“水槽”にたとえて書いてみました。 これは、その第一部です。
死別や事故、職場での押し付けられた正義。 どれも「鬱の理由」に見えるけれど、実はその奥に共通しているものがあります。 それは心の奥に住みついた“仮面の正義”。 わたしの経験から、鬱の核心に触れていきます。
正義を振りかざす人に押しつぶされ、心を押し殺すことが習慣になっていく——。叩かれる側の心のメカニズムと、鬱が「自分を守るサイン」として現れる理由について掘り下げ、自分の正義を取り戻すための視点を書きました。
「自分が正しい」と信じる力は時に暴走します。 職場、学校、SNS…。弱い立場の人だけを叩く“正義の押し売り”はなぜ起こるのか。 そして、叩かれる側に起こる心の変化とは何かを考えます。
正義の敵は悪――そう信じてきたけれど、現実では「正義の敵は正義」なのかもしれません。 互いに“正しい”を信じてぶつかり合う中で、自分の正義をどう守り、どう柔軟に生きていくか。 そんなことを考えながら書きました。