毎度書いているようですが、現在はとても気持ちが落ち着いています。
長い時間がかかったけど、鬱になったばかりの頃では、今の落ち着いている感じは想像できなかったです。
このブログを読んでくださっている方でしたら分かってくださると思いますが、ここまで順調に来たわけではなく、ブログのタイトルの通り、『迷走』してきました。
だから、決して「もうこれで治った」とは思っていません。
もしかしたら明日の朝、急に鬱が現れるかも知れない…。
でも、そんな風に思っても、不安が大きくなってしまう事もなく、不思議なくらい落ち着いています。
振り替えてみると、鬱病になってから現在までの間で幾つかの段階がありました。
幾つかの段階と言うのは、自分と鬱との関係についてです。
あくまで、わたし自身の体験を、わたしなりに考えたものです。
まずは、鬱病になったという現実を受け入れられなかった時期がありました。
名づけるなら『絶望期』かな…。
病気に対しての知識もなく、壊れてしまった自分に、そして社会のレールから外れてしまった自分に絶望していたのがこの頃です。
毎日毎日、襲ってくる鬱症状に怯え、常に責められているようで、人に社会に怯えていました。
どうしていいのか分からず、どうする事も出来ず…鬱になってしまった現実をなかなか受け入れられずにいた時期でした。
その後は、自分が鬱病という事は多少受け入れられたものの、何とかして元に戻ろうともがいていた時期がありました。
この頃は…『無茶期』かなw
ただ、元に戻ろうと思っても、どうしていいか分からず、力技と言うか…「このままじゃいけない」と自分で考えて、どこか無理をしていた…そんな感じです。
鬱症状はまだまだあるけど、「もう大丈夫」と思いたいから、根拠のない課題を自分に与えていました。「大丈夫」と思いたい気持ちが強いから、無茶をしては鬱症状が暴れ出す…そして、徐々に鬱症状が強くなっていき、また落ち込むのです。
『根拠のない課題』とは、本当に何の根拠もなく…「これができたら社会復帰できる」と言う感じでした。
今思えば、「横断歩道の白い部分だけ分で渡れたら良い事がある!」みたいな…そんな次元のものだったように思います。
ただただ、「大丈夫」と思える理由が欲しかっただけ…だと思います。
「大丈夫」と思って鬱症状に目を向けないで無茶をする…そうすると鬱が「無視するなよ」と言わんばかりに大きな姿で現れる…そして『絶望期』へ戻る…そこから少し回復するとまた無茶をする…その繰り返しでした。
『無茶期』は、ちょっとしたことで怒りのスイッチが入りやすかったように思います。
地雷があちこちにあるような…。
当時処方されていた薬が合わないと感じていたのは、薬を飲んでいると怒りのスイッチが入りやすかったこともありました。
妻が「人が変わったようだった」と時々わたしに言いますが、この頃の事だと思いますし、わたし自身も自分がどんな人間だったのか分からなくなっていました。
こうして思い出してみると、『絶望期』と『無茶期』の頃は、抗精神薬を飲んでいたためか、鬱の状態が低空飛行だった為か、常に頭の中にモヤがかかっていた様な気がします。ボーっとしている訳ではないけど、頭がスッキリしないような…残量の少ない電池でプラレールを走らせているような…頭の中の動きが鈍い感じだったような気がします。(分かりにくいですかね)
この状態から少し抜け出したような感じになったのは、主治医を代えてもらい、薬も漢方薬に変えてもらった頃からです。
漢方薬に変えた事で、気持ちが落ち着き、眠れるようになりました。
その為か、それまでより頭の中は随分とスッキリしたように感じていたと思います。
ただ、頭の中はスッキリとしたように感じても、それは残量の少ない電池を、少し新しい電池に変えた程度で、またすぐに電池の残量がなくなってしまう感じ…長続きしないんです。
何故かと言うと、『もう以前の状態には戻りたくない…鬱にはならない…仕事も休まない、辞めない…』と言う気持ちに振り回されてるようになりました。
主治医をはじめ、周りの人に貰ったアドバイスや、本やネットから得た知識を全て受け入れることで、「これを気を付けていれば大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
そして、「大丈夫」な自分を認めてもらいたい…という思いの間で自分を見失っていた時期です。
この頃はまさに『迷走期』ですね。
一度社会から脱落した自分を認めてもらいたい…その為には「もう鬱になる訳にはいかない」。
仕事を頑張りたいけど、主治医からは「今までのような仕事をしてはダメ」とアドバイス頂いた事を真正面から受け止めてしまったために、どうしていいのか分からなくなって…。
だから、セーブしながら仕事しなくちゃいけないけど、職場からは大役を与えられたり…。
どうしていいのか分からず…次第に自分の気持ちはどんどん後回しになって行く…。
「今までのような仕事をしてはダメ」…と言うアドバイスも、気付けば自分の中で湾曲され、過去の自分を全て否定するようになっていました。
過去の自分が頑張って身に付けてきたものを武器にしたい…過去の自分も認めてほしい気持ちと、過去の自分を否定する気持ちもぶつかり合ってしまい、自分がどうしたいのか全く分からなくなってしまいました。
鬱症状が出ていても「まだ大丈夫」と無理してしまい…気づけば、鬱症状が酷くなり、ドクターストップがかかってしまったのです。
『迷走期』に職場に来ていたカウンセラーのカウンセリングを受ける機会がありました。カウンセリングを受けたのは1~2回位だったと思います。
内容は、心療内科で受けていたカウンセリングと変わらない印象でしたが、違うカウンセラーからのアドバイスがどこか新鮮でした。
退職して、自宅療養になった時に、今もお世話になっているカウンセラーと出合いました、「違うカウンセラーの話を聞いてみたい」という思いがあったのがきっかけです。
以前にも少し書きましたが、こちらのカウンセリングでは、鬱の原因となる心の傷と向き合う作業が続きました。
初めは半信半疑でしたが、先生を信じることにしました。
また、この頃読んだ本も、「同じように鬱の原因と向き合う事が大切」と言う内容のもだったこともあり、徐々に自分と向き合う事を意識するようになりました。
この頃は、そのまま『自分と向き合う期』ですかね。
ひとつひとつ、心の傷を…自分の本心を閉じ込めた扉を開く作業は、難しかったです。
閉じ込めた扉は、あちらこちらに隠してある感じで、見つけるのも一苦労でした。
「これで最後」と思うと、「まだあるよ~」とばかりに鬱が教えてくる…。
だから、決してスムーズに来たわけではなくて、何度も立ち止まり、くじけそうになったり、遠回りしたりしながら進んできました。
でも、一つ扉が開く度に、ホッとした感じがして、気持ちが楽になりました。
『迷走期』での色々な思いに振り回されてしまう悩みも継続されていました。
一度付いた癖は、そう簡単には治らないもので、どうしても『認めてもらいたい』気持ちと『鬱になりたくない…もう休めない』と言う気持ちに振り回されていました。
その為、仕事が忙しくなると自分が後回しになってしまい、気持ちが不安定になる事もしばしばありました。
今年に入り、鬱症状が悪化して仕事を辞めてから、自分と向き合う中で「鬱も自分の一部。心配も不安も自分の個性の一つ」と捉えるようになって、現在の落ち着いた感じになりました。
だからと言って、この『自分と向き合う期』から次の段階へ行ったのかと言えば、まだ、先へは進んでいないように思います。
これからまた、仕事をするようになっても、しばらくはこの段階なんじゃないかと思っています。
それでも、今回自分がずっとやりたいと思っていた事へ、勇気を出して踏み出したからこそ、気持ちが穏やかで居られているような気がします。
それくらい、わたしには大切な段階なんだと思います。
段階を一つ進むきっかけは、転機となる決断や気づきがあったような気がします。
鬱症状は辛いです。
なかなか辛さが伝わりにくいから、余計に辛いです。
でも辛さに負けてしまうと、鬱症状にばかり目が行ってしまいます。
すると、どんどん追い込まれてしまいます。
でも、どこかで鬱症状ではなく、鬱の原因となった『心の傷』や『隠してしまった本心』に目を向けることができたら、光が見えてくると思います。
光が見えてくると、鬱症状も少しずつ楽になると思います。
毎度書きますが、こんなわたしの経験がどなたかの役に立ったらうれしいです。
長くなりましたが、今回は特に、そんな気持ちで書きました。
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