初めに…
今回の記事は、鬱の事で何となく感じた事を、わたしの解釈で書いてみます。
その為、「そんなの全く違うよ!間違っている!!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしの個人的な見解なのでご容赦ください。
このブログでよく書いていますが、わたしの場合 鬱が酷くなると…
- 頭の中が、モヤモヤに支配される。
- 頭の中で、「お前はダメだ」と誹謗中傷が聞こえてくる。
- 身体が動かなくなる…起きられない、動けない
- 気力がなくなる
- 涙が止まらなくなる
- 悲しくなる
- 人が怖くなる
- 死にたくなる …etc
まぁとにかく色々な症状に悩まされるわけです。
症状を挙げていくとマイナス要素が多いし、動けなくなったり気力がなくなったりするから、わたし自身の感覚が鈍感になってしまっているように感じていました。
鬱が、自分自身を守るための警告だと考えると、無理をさせない為にも気力がなくなり動けなくなるのは分かる気がします。
だって、無理を重ねて頑張り続けた結果なのだから…。
それとは逆に、過剰になっている部分もあるような気がします。
それは感覚的な部分ですが、これ以上自分を傷つけるものを寄せ付けないようにするところ…。
例えば、人が怖かったり、電話が怖くなったりもそうですが、他者から自分を守るために神経が過敏になっているのではないかと思うのです。
全てが自分を攻撃してくるような感覚…。
それが例え心配してかけてくれた言葉であっても、良くなるためのアドバイスだったとしても…そう感じてしまう。
頭の中を支配しているモヤモヤはの中身は…「お前はもうダメだ!もうお終いだ!!」と自分を直接的に否定する言葉から、今まで自分が感じていた嫌な出来事…などなど。
でも一番占めているのは、自分の置かれた状況から、社会のレールから外れてしまう事への恐怖。
自分の居場所がなくなる事が一番怖いんです。
ドロップアウトしてしまったと感じ、自分をさらに追い込んでしまう…。
その恐怖の炎に油を注ぐように、モヤモヤが押し寄せてくる…。
この繰り返しが一番辛いのですが、これも自分を守ろうと過剰に反応してしまっている為に起こっているのではないかと思うんです。
本来は、しっかりと休むことが大切だから、気力がわかず動けないだけで十分なはずです。なのになぜ、過剰に反応してしまうのか…?
思うに、鬱症状が出るまで我慢して頑張り続けてしまったのは、この過剰に反応している部分だからではないかと思うのです。
わたしが我慢して頑張り続けてきたのは、自分の本心ではなく、他人の評価であったり、世間体であったり…『社会の当たり前』とされている部分からはみ出さないようにと、しがみ付いていた気持ち。自分の居場所を確保していたい気持ち…。
その気持ちが手を変え品を変え「そんなんじゃダメだ!!もっと頑張れ!!」と暴れているのだと思うんです。
ただ…あまりにも過剰になっているから、逆に自分を追い込んでしまう…。
他者からの声を遠ざけようとしているのは、他者からの評価に耳を塞ごうとしているから…そんな気がします。
そして…気力がなくなった時に涙が止まらなくなるのは、我慢し続けてきた本当の気持ちが疲弊しきって出てきているのかな…と思うのです。
「もう勘弁してよ…限界だよ…」って。
わたしが薬が合わないと感じていたのは、このふたつの感情を、無理に抑えようとするからなのかな…なんて思います。
鬱症状でわたしが一番辛かったのは、この過剰反応している部分からくるものだった気がします。
わたしを守っているつもりで、実は追い込んでくるんです。
無視され続けて弱っている本心は、さらに弱っていく…。
だから、抵抗できなくなっていく…。
じゃあどうしたらいいのか…と考えると…
まずは腹を括る事。
ジタバタしても仕方がない、しっかり休むぞ!
そして、
自分を立て直すぞ!
そんな風に腹を括る事なのかな…と思います。
自分を立て直す為に必要なのは、過剰反応していた気持ちに隠れてしまっていた本心と向き合う事。
「鬱を治す」と考えず「自分と向き合う」事。
鬱になる前に戻ろうとしない…。
元に戻ろうとすることは、過剰反応していた気持ちに戻る事だから…。
自分が本当はどうしたかったのか?
自分は何をしたいのか?
そんな気持ちを見つけていって受け入れる事。
人の事は気にしなくていい。
まずは自分を大切に…。
そんな風にホントの自分を受け入れていくと…徐々に落ち着いていきました。
どうしても、辛い鬱症状に目が行ってしまいがちですが、その向こうにある原因を知る事が大切なのかな…と思います。
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