病気になる直前のわたしは、色々なことを沢山背負い込んでました。
その頃のお話です。
当時は…
弟が急死した為、父親からの要求がどんどんエスカレートしていました。
その為、弟が亡くなった悲しみを無理に閉じ込めていた時期でした。
結婚して、自分達の生活の事もあります。
それから妻の両親の事もありました。
弟が亡くなったのが、丁度、妻の両親と同居することが決まり、新居も決まった頃でした。
その為、義父からの要望も色々と出ていた頃でした。
わたしは、父と義父の要望に板挟みになり、身動きが取れなくなっていました。
仕事の方も、同僚からの嫌がらせが酷かったり、何だか思うようにいかなず、「もっと自分の目指す介護をしたい」と思うだけ日々でした。
あの頃は、一日中ずっと気を張り詰めている毎日でした。
その為、わたしは「もう…これ以上背負えない…」と言うくらい、一杯いっぱいになっていました。
背中のカゴに「これでもか!!」ってくらい詰め込んで、詰め込まれて…。
それに押しつぶされそうになって、
でも「前に進まなきゃ…何とかしなきゃ…」
と言いながら倒れている…
そんな自分が頭の中に浮かんでくる日々でした。
そんな状態が2年くらい続いたある日…。
朝、仕事へ行く時に、「今日仕事辞めるって言ってくるかもしれない」と、妻に話していました。
でも、わたしは、そんなこと言う気は、全くありませんでした。
妻の顔を見て、
「あれ?何言ってるんだろう?」と思って、
「うそうそ」「今日はそんなこと言わないよ」って誤魔化して、出かけたような気がします。
(やっぱり、この日の事も断片的にしか覚えていません。それ位追い込まれていたのだと思います。)
「…とは言ってもね。仕事辞めるなんてできないよね。」なんて思いながら、職場へ向かい、車を運転していたのを覚えています。
ところが、職場で上司に会ったら、挨拶したかな…それくらい唐突に「辞めます」って言葉が出ていました。
「あれ?言っちゃった?」
なんだかそんな感じでした。
(頭で考えるより先に、勝手に行動してしまっている感じです。)
今思えば、かなり追い込まれていた…。
あの頃は、毎日、息を止めて刃物の雨の中を歩いているような…
そして、常に誰かに監視されているような感じがしていました。
『息継ぎできる時間』は、お昼休みの15分から30分位。
自分の車に一人でお昼を食べて少しぼーっとする時間だけが、ホッとできる時間でした…。
それ位、追い込まれていました。
きっと、病気もこの頃から顔を出していたのかも知れません。
何より、『「前に進まなきゃ…何とかしなきゃ…」と言いながら倒れている自分』が常に頭に浮かんでいたのが、自分へのSOSだったのだと思います。
その後、退職することが決まってからは、何だかちょっと希望が湧いてきたような感覚がありました。
「これからは自分の事するぞ」って。
何となく、職場を変えることで、『すべてがリセットされてやり直せる』と思っていました。
けれど…。
新しい職場での初出勤の日に心の中で「ポキッ」って何かが折れた感じがしてから、色々な症状が出てきたわけです…。
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当時、以前一緒に働いていた男性の看護師さんから言われたことがあります。
「職場を変えるなら、なんで少し間を開けなかったの?」
「心も体もボロボロになっていたんだから、せめて1~2週間空けてないと。」
「それから次の仕事に向かわなきゃだめだよ」って。
確かにそうなんですよね。
環境が変わる前に、傷を癒してから…心をリフレッシュさせてからじゃないと駄目だったんですよね。
傷ついた心に、さらに環境が変わることでのストレスがかかる訳だから…。
あの頃は自分の気持ちなんて考えてもいなかった…。
そして、自分の心が、身体が、こんなにも傷ついているなんて、考えてもみなかった…。
『自分が我慢すればいいんだ』
そう思うことが当たり前になっていました。
きっと仕事を辞めることが決まって、希望が出てきたと感じたのは、少しでも『自分のやりたい事やるぞ』って、『自分の本心』と同じように思えたからかも知れません。
でも、感じた希望は、傷が癒えたと言う事ではなかったのです。
あの時休めなかったのは…
『有給が沢山あったけど、辞める前に使わせてもらえなかった』というのもあります。
また、急に辞める事を選んだため、
「少し休みたいと言うのはダメだ」と言う気持ちもありました。
でも、急いだことで、『傷ついた心に、さらに鞭打つ結果』になっていたのだと思います。
この後も、わたしは看護師さんの言葉を忘れ、同じ過ちを繰り返しました。
同じ失敗を繰り返さない為に…
ボロボロになった心にも、休養は必要です。
ボロボロになった自分から目を背けてしまうと
「今は休みたいよ」という『本心』に気付けなくなります。
わたしがそうでした。
隠している『本心』が休みたいと思うほど、ボロボロになっているのだから、休養は必要だったんです。
色々な状況を考えると、焦ります。
でも、そんな時こそ、『自分と向き合う』事って大切なのかなと思います。